ちぐさのひとりごち

流されるがままに生きてきた人が想うことをたまーに書きます。

21世紀初頭のコンビニバイト

今週のお題「20歳」

20歳くらいの頃何をしてたかなと暫く記憶をほじくり返しては埋める作業を繰り返していたところ、ふと当時1番時間を使っていたのはコンビニでのバイトだなと思い出したので、その思い出を少し書いてみます。

大学入学後暫くして通学電車に耐え切れずに一人暮らしを始め、家賃以外は自分で稼ぐ約束だったので、既に始めていた家庭教師と並行してコンビニで夜勤のバイトを始めました。

オープニングスタッフで潜り込んだ新宿区内の某駅近くの店は、開店当初は夜勤スタッフが4名居たはずですのにズルズルと入っては抜けを繰り返し、一時は2人で回していた時期もありました。時給1,000円なのにその頃のバイト代は月20万を超えたりしていたのですが、かなりお金遣いも荒かったかなと。それに加えてサークル活動にバンドのヘルプにネトゲに…今思えばいつ学校に行ってたのかなぁと。

そんな日々の中、コンビニ店員としてなかなか普通に生きていたらすれ違うことの無い人々と出会い、触れ合う機会がありました。幾つか思い出せたものを書いてみたいと思います。

1) エクストリームアウトドア派な人々

近隣に大きな公園がありまして、また目の前から工事現場に日雇いで連れて行く集合場所があったせいもあり、青いテントに住む所謂ホームがレスな方々が多く訪れるコンビニでしたので、色々なことがありました。日雇いから帰ってきて握りしめた1万円で女性用の下着を買うおっちゃんとか(食い物買おうぜ?)、ポッケに商品をナイナイしてレジで別の商品を精算に出して満足気に誤魔化せてると信じてるおっちゃんとか(おっちゃんポッケの中の物持って出たいなら出してー買うお金無いなら戻してーと伝えたら素直に出してくれた)、もう何年風呂入って無いんだろうってくらいな風貌と香りで靴にビニール袋巻いてるおっちゃんとか、借金抱えて事業手放して嫁さんが風呂に沈んでて俺は根無しで日雇い労働さーなんて身の上を語ってくれたおっちゃんとか。また彼等の一歩手前にいる人が何時間も店に居座り、出る前に紙袋にごそっと入れて出て行って慌てて止めたり。別の公園で毎週炊き出しがあるからその曜日はみんなで行くとか、俺は群れるの嫌いだから我慢してるとか。夏は公園の水道で身体洗えるけど冬は辛いから臭い奴が多いなんて自己申告を受けたりとか。あの仕事をしなかったらあんなに身近に、地続きで、隣り合わせの世界があることも、その人達がどんな生活をしているかも、知る事は無かったと思いますし、知ったからこそ踏み外す怖さを感じることができているのだろうと思ったりします。

2) アンチソーシャルコミュニティなみなさま

場所柄多くいらしてて、特にお世話になった方が、元々かっちりした髪型にカッコいいスーツの着こなしで、紳士に振舞われていたダンディなお兄様で、たまに深夜に酔って帰られる途中にお寄りいただいて、たこ焼きを頂いたりなどと可愛がって頂いていて、なんかアナーキーで素敵だなーと密かに憧れたりもしていたのですが、ある日宅配便をお持ちになられて「社長が急に入院することになっちゃったから着替えを送るんだ」とお預かりしたお荷物の宛先が○○拘置所…。そうなんですね(入院って表現するんだ知らなんだ)、大変ですねぇなんてたぶん側から見たら引き攣った笑顔で当日配達というシステムを説明し承りまして候。その後は困ったことあればすぐ言えよなどと優しいお言葉を掛けて頂いたりしたのを覚えております。特に上のお方々はとても丁寧で、堅気には迷惑はかけない。筋をしっかり通す。恩義は大事にされるということなんだなとその頃とてもよく理解しました。その代わり、逆の事をすると絶対にダメだということもその時期に学ばせて頂いたように思います。本当にお世話になりました。改めて厚く御礼申し上げます。

3) その他のミッドナイトカスタマーのみなさま

翌日に国際展示場の一大イベントを控えた日には深夜にお越しになられてコピー機で印刷を頑張られる方もいらしたりしてました。紙がちょくちょく切れますので補充を適宜させて頂いてるうちに、お話をさせて頂いたり、製本のお手伝いをさせて頂いたり。たまに原稿を忘れていかれる方もいらっしゃったり、私自身は絵も描けませんのでこちらも貴重な体験をさせて頂いたなぁと思います。そのうちのお一方からはいつぞやお手紙と映画の券を頂いて、お誘いを頂いたこともありました。当時は良い人が居たのでお断りしてしまいましたが、あの時ご一緒していたらどうなっていたのかと、今ふと思います。無いですけど。そういえば当時大ブームだったモー娘。の方も数名でご来店頂いたことがありました。近くに撮影スタジオがあったらしいです。芸能人さんだと後はチューヤンさんにはサインをお願いしたら快く対応下さったりしました。とてもいい人でした。あとは一般の方で毎朝早朝に合成酒の紙パックを3つ買って、1つはその場で飲んで行くお客様とかもいましたね。今思うとそういう病気の方でしたが…何もしてあげられなかったことが悔やまれます。

書き出していくとキリがないですが、コンビニのお客様の層は幅広く、どんな方にも精一杯の接客を心がけていると、色んなコミュニケーションを取ることができました。仲良くなって頂いたかたも少なくなく、なぜか一緒に鍋パーティーしたお客様とか、夜のお仕事の方にフグをご馳走になったりとかもありました…。当時あまりにも良く店にいたので社員だと思われていたお客様もいらしたようだと後に知りましたが、覚えて頂けていただけでも、やった甲斐があったなと。生活のための仕事が、人生の大きな勉強になったなぁと、思います。雇って頂いたオーナーと店長、一緒に働いてた同僚、そして全てのあの時のお客様に、感謝。ありがとうございました。